妊娠27週になった。24週~27週が妊娠7か月で、28週からは8か月に入り、8か月からは妊娠後期になるらしい。市の子育てLINEやたまひよのアプリから毎日、赤ちゃんの様子や今日のママへなどと称したメッセージが届くのだが、先日、予定日まであと100日、というのを見かけた。100日の記念として写真を撮る流行もあるらしいが、気づいたらその日は終わっていたなと今になって思う。
最近は夜中に何度も目が覚めたり、3時や4時に目覚めてから寝付けなくなってしまうことが増えたりと、睡眠に関するマイナートラブルが多い。おかげで日中、特におひるごはんを食べたあとはねむくなってしまう。いまは日中空いているため昼寝をすればいいだけなので困っていないが、仕事がはじまったらどうなってしまうのだろうか。
6月いっぱいで学校を修了し、就活を経てとある校正プロダクションへの登録が決まった。おそらく来週くらいから仕事をもらえるようになると思うのだが、睡眠も含め体調面の不安もあるし、ちゃんとやっていけるのかというスキル面の不安もある。やってみないことにはわからないよな、と自分を励ましてみる。
前職は大学を卒業後すぐに正社員として入社して、手厚い新人研修があり、その後も先輩たちからの指導やサポートがあり、会社として社員を育てようとしていたと思うのだが、今回は社員ではなくて業務委託になるから、どのように扱われるのかがよくわからないのも不安だ。別にスタッフを成長させる必要はないしあまりいろいろ教えてはくれないのか、ある程度はできたほうが向こうにとっても楽だから少しはアドバイスをくれたりするのか……。
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産前さいごの夫婦ふたりでの旅行として、1泊2日で熱海を訪れた。ホテルニューアカオに泊まることをいちばんの目的にして、その周辺の観光スポットをめぐるのんびり旅。MOA美術館にも行きたかったのだが、ちょうど展示替えで1日目、2日目ともに休館日にあたってしまい断念した。
1日目、家から車に乗り込み、休憩込みで4時間ほどで熱海に到着。車はさいきん手に入れたのだが、10年近く運転していないペーパードライバーのわたしは未だその車を運転できておらず、この旅行中もずっと助手席におさまっていた。助手がつとまるか不安だったが、ねむらずにいたことで最低限の役目は果たせただろうか。出産前にペーパードライバー講習などに行き、車を運転できるようになっておこうと考えている。
移動時間の半分くらいは首都高に乗っていた気がする。首都高に乗ったのははじめてだったのだが、車はたくさんいるし、まっすぐな道は少ないし、みじかい間隔に分かれ道がたくさんあるし、高速道路ときいてイメージする道とはかなりちがっていておどろいた。首都高はたいへんだというイメージはなんとなくあったのだが、(自分で運転したわけではないが)それを実感することができた。
熱海への道のりは、小田原を過ぎたあたりからずっと海沿いのみちだったのがきもちよかった。ここ数年で訪れた、真鶴や湯河原や根府川・江之浦測候所もかすめていく。去年は江の島にも行ったし、さいきんは相模湾周辺が好きになのかもしれない。わたしの地元の海のそばは平坦な土地が続き、砂浜や干潟を経て海につづくのだが、このあたりは海のすぐそばに急な崖や坂があって山につながっていくのがおもしろい。高台から海を臨むと、とても眺めがいい。旅行中は晴れていて、初夏のいい景色をたのしむことができた。
熱海駅のそばを通りすぎ、熱海銀座の近くに車をとめておひるごはんを食べ、そのあと來宮神社へ。なんというか、きれいに整備されていてカフェも併設されていて、近代的な神社だなと思った。次に起雲閣に行くはずが休館日だったので、海岸近くのコンビニに移動してひとやすみ。屋上が休憩スペースのようになっていて、つめたい飲みものを飲みながら海風を浴びる。
そのあとニューアカオに16時ころにチェックインした。海のすぐそばに建つオーシャン・ウイングと、崖の上のホライゾン・ウイングのうち前者の部屋を選んだのだが、部屋の窓のすぐ下は海で、波の音も聴こえてくるのがここちよかった。ホテル内を探索したり、ラウンジで海を眺めながら休憩したり、温泉に入ったり、部屋でごろごろしたりしながらよるごはんまでの時間を過ごす。

よるごはんはメインダイニング錦という会場でビュッフェをいただく。劇場のようなレストランで、重厚な内装とピアノの演奏、おいしい料理をたのしんだ。
次の日は朝4時ころ目が覚めて、日の出のひかりで薔薇色に染まる空と、朝のひかりの中の海を見た。布団に戻り、5分くらいしてからやはり写真を撮ろうかとカメラアプリを起動してふたたび窓の外を見たのだが、見たはずの薔薇色は消えていた。
実家の家族には言えないけれど、どうしても海がきらいになれない。わたしたちの家や故郷を奪っていったものと同じ存在という意識はある。おそらく家族はあれから海にちかよっていないと思うのだが、わたしは時間によって刻々と色を変えるのも好きだし、つよい光にきらめく波も好きだし、海水浴で波に揺られるのも好きだ。たぶん震災のとき、わたしが帰ったのは水が引いたあとで、海のおそろしさを見ていないからだ。だから、自分が海を好きなままだということにはうしろめたさがあり、地元のひとたちの前で海を好きだとは、言えない。
日の出の空と海を見たあと、布団でごろごろしていたら眠気がやってきたので1時間くらい追加でねむり、みじたくをしてあさごはん。夕食とおなじ会場でたらふくビュッフェをたべた。和食にするか洋食にするかをえらべずに、1回目にごはんと味噌汁とおかずを食べたあと、2回目にパンやスープやくだものやデザートを取りわけてきて食べた。
2日目はきのう行けなかった起雲閣から。1919年に別荘としてつくられ、建物の増築や庭園の整備、旅館を経ていまは文化財として公開されている。洋館「玉姫」のサンルームと、山小屋風の内装の「玉渓」がすてきだった。後者のヘリンボーン柄の床と、山小屋らしく無骨に仕上げている柱がいい。

そのあと伊豆山神社へ。駐車場までの道が急な坂道で、おちてしまうのではないかとどきどきした。その分、高台から海が見渡せて景色がよかった。伊豆山神社は源頼朝と北条政子が結ばれた地らしく、大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」でふたりを演じた大泉洋と小池栄子のすがたで頼朝と政子が寄り添うようすが想像された。神社でのお参りで願うのが子が健康であること、無事に産まれてくることばかりとなり、こうして親になっていくのかな、などと思った。

夫もわたしも朝食をたくさん食べたせいでおなかが空かず、おひるごはんは食べないまま帰路につく。帰りに海老名サービスエリアでアイスクリームを食べた。ソフトクリーム屋さんのソフトクリームは540円で高いなと感じ、成城石井の300円のアイスクリームを買ってきて食べたのだが、300円のアイスクリームも高いし、どうせ食べるなら540円のソフトクリームを食べたほうがよかったかもな……と自分で選んだくせにもやもやとしたのだった。









