2023年4月のこと

 4月から異動になり、昨年度のコントロールのきかないプロジェクトから抜けることができた。気が楽になった一方、わたしが異動した先のプロジェクトにもともといた人が、わたしの異動元に異動することになったため、ひどい状況に陥らせてしまうことに罪悪感のようなものをおぼえてもいる。数か月かけて相互に引継ぎをおこなうことになっていて、今は教わったり教えたり、両方のプロジェクトにかかわって仕事をしている。つよい希望を伝えていたわけでもなく異動になったのであれば、ここまで負い目を感じることはなかっただろうが、今回、かなりつよく、このままでは無理だと上司に伝え、その結果異動が決まったため、向こうが異動になってしまったのはわたしのせいということになるように思われ、勝手に負い目を感じている。異動先のプロジェクトは、コントロールがきいていて資料もあって人もおだやかに感じるので、向こうに離れたいという気持ちはうすかったと思う。まずはしっかりと引継ぎをして、異動先できちんと仕事ができるように、目の前の仕事を仕事としておこなわねばならないが、この申し訳なさはずっとつきまとうのだろうか。

 相互の引継ぎということで、打ち合わせは2倍になり、教える時間教わる時間が増え、今月は仕事ばかりの月になってしまった。


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 アーティゾン美術館の「ダムタイプ|2022:remap」を訪れた。うすぐらい中、なにとも言えない音がひびいて、赤の文字やしろい光が、壁の半分くらいの高さ、目線より少し上くらいの高さを流れていって、なにか大きなものに触れているようだった。音の中には、時折だれかささやくような声が聞こえてきて、どんな技術なのかわからないが、耳元でささやかれているようにきこえる。なにを言っているかはよくわからないのだが、大きなものの使いの精霊が、こちらになにかを伝えようとするようにも感じるのだった。きこえる音は、時間がたつといつの間にか雰囲気が変わっていて、なんだかRPGのダンジョンに迷い込んだときのような幻想的なような、不気味なような、壮大なような音のときもあった。
 中央には上からビデオパネルが下げられていて、その下には鏡がおいてあるからパネルの内容は上でも下でも見ることができて、パネルには、宇宙のたくさんの星のように見えるものだったり、地図のようなものだったり、交差する何本かの直線だったり、が表示されていた。
 壁に映し出される赤い文字はデジタルな文字になっているし、自分にささやきかけるようなスピーカーも、ビデオパネルも、高度にテクノロジーが利用されているはずなのに、ずっと昔からあるものに触れているような気がするから不思議だ。こういう不思議な体験に出会って、それをきっかけに鑑賞者がものごとを考えること、その営みを含めてアートなのだろうと思う。